—— 「完璧すぎるロボット」が目指す、次の最適解とは

2026年1月17日
先日、石丸伸二氏と国宝にまつわるコラム(なぜ石丸伸二は「消え」、映画『国宝』は「熱狂」がつづくのか?)を執筆しましたが、その流れで、ある動画を何気なく視聴していたときのことです。
YouTubeチャンネル『ReHacQ』の九州版、『ReHac9(リハック九州)』での、高島宗一郎福岡市長との対談動画でした。 リラックスした雰囲気で進む対談の、18分15秒あたり。彼はふと、こんな言葉を口にしました。
「……ちょっと卑近(ひきん)な表現を使いましたけど」
いつも通りの衒学的(げんがくてき:知識をひけらかすような)な言い回しに、小さな違和感と、ある種の「確信」を得ました。 この文脈であれば、本来は「ありふれた」といった平易な表現で事足りるはずです。
とはいえ、これは実に石丸氏らしい通常運転です。しかし、そういえば、そんなインテリジェンスに満ちた彼の「怒りの爆発」や「鬼の形相」の切り抜きを、最近めっきり見なくなりました。 知性とロジカルな怒りのバランスがあってこその石丸伸二氏だった気がしますが、なんだか最近は、穏やかでひたすら知的な側面に偏ってきているように見えたのです。
この小さな違和感を入り口に、最近の彼の動向を紐解いていくと、ある仮説が浮かび上がってきました。 彼は今、かつての「破壊者」としてのフェーズを終え、極めて高度な「ブランドの再構築(リブランディング)」の真っ只中にいるのではないか、ということです。
今日は、マーケティングの視点から、石丸氏の現在地とその先にある戦略を読み解いてみたいと思います。
「炎上」が消えた理由をどう見るか
皆さんも、最近こう感じてはいませんか? 「そういえば、石丸氏の炎上ニュースを以前ほど聞かなくなったな」と。 同時に、YouTubeに流れてくる切り抜き動画も、かつての「論破」や「激怒」「恥を知れ」といった刺激的なサムネイルが減り、随分とマイルドになったように感じられます。
これを「勢いが落ちた」と見るのは、少々早計かもしれません。 私たち分析のプロから見れば、これは「意図的なクリーンインストール」と捉えるのが自然です。
かつての彼は、強烈な違和感や怒りをフックに、認知を一気に拡大させる「空中戦」を展開していました。彼自身、それを「戦略だ」と公言しています。しかし、刺激には必ず「飽き」が来ます。
彼が今、静かに行っているのは、自身のOSを丸ごと入れ替えるような作業でしょう。
将来、有権者が「石丸伸二」を検索した際、過去の「日本一バズる市長」や「石丸構文」「恥を知れ!」という対決姿勢ばかりが出てきては、異物として排除されかねません。 だからこそ、今のうちに「理知的で、博識。穏やかで高い共感力」、そして即座に福岡に拠点を移すなどの「行動力に溢れ実務能力はすこぶる高い」というクリーンなログ(記録)を積み上げている。
AIのサジェストや検索結果を上書きすることで、彼は多くの人々にとって「検討のテーブルに乗せても安全な存在」へと、再度インプットし直しているように見受けられます。
▼ 「熱狂」から「納得」へ。数字に見る変化
実際、SNS上の反応(エンゲージメント)の質は明らかに変化しています。
- 以前: 「よく言った!」「あいつを倒せ!」という数万件の「憂さ晴らし(カタルシス)」による拡散。
- 現在: 「勉強になった」「視点が鋭い」という数千件の「納得(スタディ)」による蓄積。
派手なリツイート数は減りましたが、その分、動画の視聴完了率や「後で見る」保存数といった、より深度の深い指標(信頼スコア)は向上していると推測されます。 「拡散」から「定着」へ。彼は今、熱量ではなく信頼のログを稼いでいるのです。
「卑近」という言葉が引く境界線
ここで冒頭の「卑近」という言葉が効いてきます。 「ありふれた」で済む話をあえて「卑近」と言い換える。これは、ある種の「選別」ではないでしょうか。
この言葉のニュアンスを理解し、「やはり彼は語彙のレベルが違う」とニヤリとする層の承認欲求を刺激する。そんな知性派のオーディエンスと、強固な共犯関係を築こうとしているように見えます。
「卑近」な感情論や欲に流され、まともに機能しない自治体首長や議員が溢れる今の日本において、彼は「自分はそちら側の人間ではない」という境界線を、たった一言の語彙で鮮やかに引き直す。 そんな「ポジショニングの再定義」に努めているように見えるのです。
「機能するロボット」という最適解
このように分析していくと、現在の彼から感じる「ある種の人間離れした完璧さ」の正体も見えてきます。
論理に破綻がなく、博識で、品行方正。 それはまるで、人間特有の感情のブレ(バグ)を排除した、高性能なAIやロボットのようではありませんか。私には彼の笑顔や、ときに振る舞うリップサービスも、AIが最適解として出力した「トークサジェスト」のように感じてしまいます。
しかし、疲弊した自治体や、感情論(自分たちの利益)だけで空転する議会を見飽きた私たちにとって、この「機能に特化したロボット」こそが、現状における一つの「最適解」であることもまた、事実なのかもしれません。
もし、彼が意図しているのが、「誰よりも正しく機能するソリューション(解決策)」として、有権者の脳内で「比較対象のないデフォルト(標準)」になることだとしたら……。 今の「冷徹なまでの完璧さ」は、極めて正しい戦略的投資と言えるでしょう。
弊社からのエール:その「完璧さ」の先へ
石丸氏はまだ諦めておらず、着々と「正解」の地位を固めている最中なのでしょう。 ただ、僭越ながらマーケティングのアナリストとして、一つだけ示唆を加えさせていただくならば。
「その完璧な回路の中に、あえて数%の『愛されるポンコツさ』を計画的に配置してみてはいかがでしょうか」
人が最終的に「いつもの正解」として選び続けるものには、「6:4の黄金比」が必要だと考えています。 「6割の機能的信頼(この人なら大丈夫)」と、「4割の情緒的共感(この人が好きだ)」。
今の石丸氏は、かつて不足していた「6(信頼のログ)」を完璧に再構築している最中です。 ならば、そのログが満ちた時、次に必要なのは「4(人間味)」の展開でしょう。
それは、計算された失言かもしれませんし、ふと見せる弱音、あるいは「メタ的な自虐」かもしれません。 今の冷徹なアルゴリズムの中に、私たち大衆が自分ゴト化できる「隙(ヒューマン・エラー)」が組み込まれたとき、石丸ブランドは「機能的な正解」を超えて、「代えの効かない存在」へと進化するのかもしれません。
このように、一人の政治家の言葉尻ひとつからでも、その背後にある戦略構造を読み解く鍵になります。 それが、偶然の産物なのか、計算し尽くされた環境設計なのか。 その違いを見極める視点も、これからの混迷した市場を生き抜くために必要な知見の一つだと、私たちは考えています。
石丸さん。 もし、このコラムが目にとまりましたら、あなたが構築しようとしているその「冷徹なアルゴリズム」の真意について、じっくりとお考えを伺ってみたいものです。
株式会社フルドライブ

