アンケートは真実を語らない

――平均を語れない時代に、マーケターは何を見るべきか

2026年1月19日

はじめに:専門用語を使わずに、最初に要点だけまとめます。
・アンケートの回答は「本当の理由」ではなく、あとから選ばれた“説明”であることが多い  
・人は「損か得か」だけで買わず、「自分の立ち位置として自然かどうか」で選んでいる  
・「車はステータスではなくなった」と言い切ると、見落としが生まれる  
・重要なのは、何を怖がっているかではなく、どんな環境の中でその選択が自然になっているか  

このコラムは、数字や回答そのものではなく、 消費者の判断が生まれる“空気”や“前提条件”をどう読むかを考えるための記事です。


先日、ヤフーに次のような趣旨の記事が掲載されているのを目にし、いくつか立ち止まりたくなる点を感じました。

『20歳の免許保有率が急落。「車を買わない理由」の上位は、金銭的な理由と「交通事故が怖いから」』
(※情報元:経済系ビジネスメディア/Forbes JAPAN)

記事ではアンケート調査をもとに、

  • 若者の免許取得率・車所有率の低下
  • 「車は必需品ではなくなった」
  • 「車はもはやステータスの対象ではない」

といった価値観の変化を示唆し、若年層の行動を「合理性」「リスク回避」という視点から読み解いています。

一方で、マーケティングの視点で読むと、いくつか立ち止まりたくなる点がありました。

  • アンケート結果が、そのまま意思決定の“原因”として扱われている点
  • 消費者が一様に「合理的・慎重な存在」として前提化されている点
  • 行動を生み出す環境や文脈より、回答された言葉そのものに重心が置かれている点

本コラムの目的は、この記事を否定することではありません。
むしろ、なぜこうした説明が繰り返し選ばれてしまうのか、そしてマーケター自身がどこで思考を止めやすいのかを整理し、態度をどう更新すべきかを考えることにあります。


違和感① アンケートは「本音」を集めているとは限らない

まず押さえておきたいのは、アンケートが捉えているのは「行動の真因」ではなく、「説明として許容されやすい理由」であることが多い、という点です。

「事故が怖い」「お金がない」「興味がない」
これらは、誰からも否定されにくく、社会的にも妥当な回答です。
しかし、それが実際の意思決定の起点だったかどうかは分かりません。

人は自分の行動を、常に正確に言語化できるわけではありません。
多くの場合、選択は無意識のうちになされ、後から理性的な説明が付与されます。
アンケートは「答え」ではなく、行動の背景を探るための手がかりの一つとして扱う必要があります。


違和感② もし人が合理性とリスク回避だけで行動するなら

仮に消費者が、本当に合理性とリスク回避だけで行動する存在であれば、日本の道路は次のような車で埋め尽くされているはずです。

  • 安全性が高く
  • 購入価格が低く
  • 維持費が安く
  • リセールバリューが安定している

つまり、軽自動車、あるいは良質な中古車でほぼ需要は満たされているはずです。
しかし、現実はそうなっていません。

この事実が示しているのは、人は機能やスペックの最適解だけでモノを選んでいるわけではない、ということです。


比較する前に、消費はすでに決まっている

人は商品を比較してから欲しくなるのではありません。
その前段階で、次のような無意識の判断をしています。

  • 「この選択は、自分の属するコミュニティで自然か」
  • 「この持ち物は、自分の立ち位置として違和感がないか」

消費とは、機能選択ではなく所属確認の行為です。
ブランドはスペックの集合体ではなく、「どのレイヤーに属しているか」を示すドレスコードとして機能しています。


若者にとって「中途半端な車」はスマートではない

現在の若年層にとって、無理をして中途半端な車を所有することは、必ずしも合理的ではありません。
それは経済的な意味ではなく、自己認識やレイヤーとの整合性という意味での合理性です。

だからこそ、「事故が怖い」「必要性を感じない」という、誰からも否定されにくい言葉が選ばれます。
これらは原因というより、選択を説明するための安全な言葉なのです。


「価値観が変わった」という断定に立ち止まる

記事では「車はもはやステータスの象徴ではなくなった」と断定されています。
この表現は分かりやすい一方で、マーケティングの前提としては少し注意が必要です。

重要なのは、

  • ステータスが消えたのか
  • それとも、ステータスとして機能する文脈が変わったのか

という問いです。

車が一律の成功指標でなくなったのは事実でしょう。
しかし、それは価値の消滅を意味しません。

たとえば、少し前までACCすら搭載されていなかったジムニーシエラは、乗り出し約300万円。それでもなお、納車まで1年前後待つ状況が続いています。

価値は、コミュニティやレイヤーごとに形を変え、静かに作用しているのです。


マーケターが見るべきは「表に出てきた理由」ではなく「環境」

私たちが向き合うべきなのは、アンケートに書かれた“もっともらしい理由”そのものではありません。

  • どのような情報環境に置かれているのか
  • どの価値観が日常的に強化されているのか
  • どの選択が、そのコミュニティでは「ズレて見える」のか

こうした判断が生まれる構造や前提を読み解くことが、数字や表層的な理由に振り回されないマーケティングの出発点になります。


消費者の言葉を疑うことは、不誠実ではない

消費者の言葉をそのまま受け取ることは、一見誠実に見えます。
しかし、それは思考停止と紙一重でもあります。

アンケートや定量データが不要なのではありません。
問題は、それを「答え」だと思い込んでしまうことです。

アンケートがあるからこそ見えてくる、
消費者自身が言語化できない本音、抗えない環境、無意識の規範。
それらを読み解こうとする姿勢こそが、AI時代のマーケターに求められる誠実さなのだと思います。


明日からできる、たった一つの入り口

明日から変えるべきことは、戦略でも施策でもありません。
最初に変えるべきなのは、「いつのまにか」を起点に考えることです。

人は、納得してから行動するのではありません。
多くの場合、行動してから、理由を説明します。

そしてその行動は、
比較や説得の末に決まるのではなく、
気づかないうちに「それが自然」な位置に置かれているかどうかで決まります。

だから、アンケートに書かれた「理由」を起点にするのではなく、
次の問いを最初に置いてみてください。

  • その選択は、本人にとって「いつのまにか当たり前」になっているか
  • 選ばないことのほうが、いつのまにか「無難な空気」になっていないか

不安や合理性は、行動の原因ではなく、
いつのまにか選ばれた行動を説明するための言葉であることがほとんどです。

マーケターの仕事は、
態度を変えさせることではありません。
選択が、いつのまにか決まってしまう環境をつくることです。

この視点を持つだけで、
「なぜ刺さらないのか」ではなく、
「なぜ最初から選択肢に入っていないのか」が見えてきます。


私たちはこう考えています

私たちは、消費を
「説得の結果」
「比較の勝敗」
だとは考えていません。

消費とは、
いつのまにか、自分の居場所にフィットしてしまう行為です。

人はまず、
自分がどのレイヤーに属しているかを感じ取り、
その中で「浮かない」「説明しなくて済む」選択に手を伸ばします。

だからこそ私たちは、
表に出てくる理由よりも、
その理由が、いつのまにか正解になってしまう環境を重視します。

  • それを選ぶことが、いつのまにか自然になっていないか
  • 選ばないことが、いつのまにか合理的に見えていないか
  • 比較する前に、いつのまにか視界から消えていないか

ブランドとは、主張するものではありません。
いつのまにか、恋されている状態をつくるものです。

行動を変えようとする前に、
行動が「決まってしまう」世界をどう設計するか。

私たちは、そこから考えます。


おまけ:マーケターが陥りやすい思考5選

アンケート=真実と思う
→ 説明として安全な言葉を集めているだけかもしれない

人は合理的だと思う
→ 選択はだいたい、空気で決まる

若者を一括りにする
→ 違うのは年齢より文脈

機能を足せば売れると思う
→ 欲しくなる前に、選択肢から外れている

共感した気になる
→ 共感したのは、発言か立場か


補足:マーケターでない方へ(少しだけ解説します)

ここまで読んで、「難しい」「自分には関係ない話かも」と感じた方もいるかもしれません。
そこで最後に、専門用語を使わずに、この記事で伝えたかったことを整理します。

アンケートが「ウソ」という意味ではありません
「アンケートは真実を語らない」と書きましたが、  
これは「アンケートに答える人が嘘をついている」という意味ではありません。

多くの場合、人は次のような流れで答えています。

– なんとなく選んだ/選ばなかった  
– 後から「理由として一番説明しやすい言葉」を選ぶ  

つまり、アンケートに出てくる理由は  
“本当のきっかけ”というより、“後から考えた説明”であることが多いのです。

人は「損か得か」だけで動いていない
記事では「合理性」や「リスク回避」という言葉が使われていました。  
もちろん、それも一部は正しいでしょう。
ただ、私たちは日常の選択を振り返ってみると、

– 周りからどう見えるか  
– 自分らしいか  
– 浮いていないか  

といったことを、無意識に気にしています。

これは車に限らず、服やスマホ、住む場所、趣味などでも同じです。

「欲しいかどうか」は、空気の中で決まる
多くの場合、人は商品をじっくり比較してから  

「よし、欲しくなった」と決めているわけではありません。

気づいたら、

– 自分の周りではそれが当たり前だった  
– 持っていない方が違和感だった  

という状態になり、自然に選んでいます。

この記事で言っている「環境」や「文脈」とは、  
こうした空気や前提条件のことです。

だからこそ、数字だけでは見えないものがある
アンケート結果やデータは、とても大切です。  
ただ、それだけを見て「理由が分かった」と思ってしまうと、

– なぜそう感じるようになったのか  
– どんな世界観の中でその選択が自然になったのか  

といった部分が、見えなくなってしまいます。

この記事は、  
「人の答え」ではなく「人を取り巻く空気」にも目を向けてみませんか  
という提案です。

マーケター向けの記事ではありますが、  
実はこれは、私たち自身の消費行動を見直す視点でもあります。


編集後記

 誰かの消費を分析する前に、自分がどんな「空気」の中で選んでいるのか。
その問いから、このテーマは始まるのかもしれません。

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